酒田徒然的写真の心

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2008年 05月 31日

鳥海マリモ

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 象潟の中島台レクレーションの森は今新緑の季節、アガリコの森、出壺、鳥海マリモ、鳥海山の世界一とも思われる湧水群を体感出来る。
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by sakatule | 2008-05-31 19:32
2008年 05月 30日

ホウジロ高らかに鳴く

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 里山に出ればホオジロがさえずり鳴いている、居場所が解らない時は一番高い木の天辺を見てみよう。
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by sakatule | 2008-05-30 20:35 | 写真
2008年 05月 29日

元滝 ツツジの終演

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 此処のツツジが咲いている間にいったい何十本のリバーサルフィルムが消費されたのだろうか、静かに花は落ちた。
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by sakatule | 2008-05-29 21:05
2008年 05月 28日

最上川

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最上川は時期、芭蕉モードに突入中。
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by sakatule | 2008-05-28 21:45 | 写真
2008年 05月 27日

はぐれ白鳥

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 白鳥の北帰行は桜の散る頃には終わるが、羽の怪我や何らかの理由で群れからはぐれ庄内に留まる白鳥もいる、はぐれ白鳥は暑い夏を何処かで過ごさなければいけない。
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by sakatule | 2008-05-27 21:07 | 写真
2008年 05月 26日

ノスリ

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 晴れた日に山に行くと天高くトビやノスリが飛んでいるがかなり長い時間飛んでいる、いったい何時羽を休めるのだろうかと追い続けても山の彼方に消えて終わりの事が多いがフィールドスコープを持って行けば羽を休めた姿も見つけやすい。
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by sakatule | 2008-05-26 21:57 | 写真
2008年 05月 25日

天神祭

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 鶴岡の天神祭は菅原道真が流刑になる前、化け物に扮した地元の人々と別れを惜しんだと言う事から始まった祭りです、化け物に変装して3年間誰にも見破られないと願いが叶うとか、しかし観客の親戚にみっかり照れ笑いの化け物もいましたとさ。
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by sakatule | 2008-05-25 00:00 | 写真
2008年 05月 24日

一人旅

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理想の相方を捜しているのだろうか一人旅のオシドリがいた。
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by sakatule | 2008-05-24 22:21
2008年 05月 23日

追憶の彼方

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 元滝から帰る途中、女鹿漁港に立ち寄ると鵜が波間に見え写真になりそうなので漁港に降りた。其処には絵描きの団体さんがキャンパスを広げ絵を描いていた、絵描きさん達の絵を後ろから見せてもらいそれぞれの風景があるのを感じた、そう言えば元滝のお立ち台にもツツジが咲く前に絵描きさんがいたのを思い出した。

絵の視点と写真の視点は違うのだろうか、こう考えると似た事をしていると感じる、したがって寄る場所も似通う、しかし其処でする事は絵と写真では大きく異なる。

今感じる事は絵は完全に個人の主観を絵にしていく事、写真の場合はその場にある事象や天気に左右されてしまう事、それに絵に人物を書き入れる事に肖像権など気にしないで済む事、それに対して写真はレポートになるぐらいまでその人と話し込み了解を得て撮る事が望ましい、絵描きと写真撮りでは同じ場所に居ても時間の割き方がまったく違う。
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by sakatule | 2008-05-23 23:55
2008年 05月 22日

元滝

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 元滝は沢山のカメラマンのメッカ的存在であるがもっともツツジが撮れてバランス滝とのバランスを考えた時に撮影しやすいのがお立ち台と言われる岩がある、ふと思うのだが近年銀塩からデジタルに移るにつれて其処は銀塩かデジタルかがかいま見れると思う、なぜならリバーサル愛好家の最後の砦とも言えるPENTAXの645と高級デジタル一眼との出会いの場となっているからだ。

ケータイやコンパクトデジタルで撮る人は殆どが手持ちで三脚を持ち合わせないからか二派の三脚組みに近づこうとしない、逆に三脚組みの中には辺りを写してお立ち台を敬遠しながら奥に行く人もいる、奥には近年さる有名な写真家が撮った所があるそうだ。

結果お立ち台はお決まりのアングルと言う事で力つきたカメラマンが上がる最後の撮影台と思われがちだが・・時代がデジタルであれ銀塩であれそこにわざわざ立って写真を撮る場合、撮るぞ!と言う気合いが必要なのではないだろうか、それはどちらも大枚をはたき高くて重いカメラを此処まで持っ来た苦労があるだろう。

しかしながらそんな事とはお構いなしに自然は日照りや風や雨や霧をもたらしてくれる、ツツジが咲いている間は其処に立てるのは共用性を考えれば5分が限界だろう。

瞬間を切り取る写真の真骨頂はフォトジェニックである、たとえリバーサルを詰めていってもツツジに対する露出と滝の流れの部分の露出が想定外でシャッターを切らないで帰る人は少ない、デジタル一眼でシャドウを起こすDライティングも使いすぎると不自然になる、どうすればと言う事になればピーカンをさけて曇りの日に来てみようとか雨の日だとか夜だとか・・その点に対しては有り余る時間が必要だ。

私は其処まで思えるか思えないかが銀塩派やデジタル派などと区切るより上回るファクターだと感じている。へたくそ写真も数撃ちゃ当たる方式だ。

乱筆長文にお付き合いくださりありがとうございました。
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by sakatule | 2008-05-22 23:16